中学受験の国語をどうにかしたいなら、国語はプロ講師をつけた方がいいです。
これは、かなりはっきり言います。
算数なら、親がある程度見られることがあります。
理科社会も、暗記や基本知識の確認なら家庭で対応しやすいです。
しかし、国語は違います。
国語は、自分でやっても間違いに気づきにくい。
解答解説を読んでも、分かったようで分からない。
親が教えようとしても、感情的になりやすい。
子どもも「なんで違うのか」が分からない。
そして、同じような間違いを何度も繰り返す。
中学受験の国語で本当に必要なのは、文章の内容を説明してもらうことではありません。
必要なのは、問題とどうコミュニケーションするかを教えてもらうことです。
何が問われているのか。
なぜその選択肢を選んだのか。
なぜその記述を書いたのか。
本文のどこを根拠にしたのか。
その答えは問いに対応しているのか。
「どういうことか」なら、傍線部と答えがイコールになっているのか。
「なぜか」なら、理由と結果の因果関係がつながっているのか。
ここを徹底的に見る必要があります。
この点については、別記事「中学受験の国語が伸びない子は『問題文』を読めていない」でも詳しく書きました。
国語が伸びない子は、本文が読めていない以前に、問題文と会話できていないことが多いです。
だから、国語を本気でどうにかしたいなら、ただ問題集を増やすより、国語を見抜けるプロ講師をつけた方がいいのです。
- 国語は、自分でやっても間違いに気づきにくい
- 解答解説を読んでも、国語は伸びにくい
- 国語に必要なのは、内容解説ではない
- 国語はコミュニケーション力がすべて
- 親子で国語を見ることはできるのか
- 国語を伸ばす家庭は、答えではなく理由を聞いている
- 国語の勉強は「なぜ?」を延々と聞くこと
- プロ講師は、子どものズレを瞬時に見抜く
- 国語を得意としているプロ講師でなければ意味がない
- プロ講師をつけるメリット
- 国語のプロ講師がやるべきこと
- こういう国語指導は避けた方がいい
- 国語をプロに任せるべきタイミング
- 親がやるべきこと、プロに任せるべきこと
- 国語は、良い講師に当たると変わる
- まとめ:国語を本気でどうにかしたいなら、国語を見抜けるプロをつけた方がいい
国語は、自分でやっても間違いに気づきにくい
国語が難しいのは、自分の間違いに気づきにくいところです。
算数なら、答えが違えば明確に分かります。
計算ミスなのか、式の立て方が違うのか、単元理解が甘いのか、比較的見えやすいです。
理科社会も、知識問題なら正誤がはっきりしています。
覚えていないなら覚える。
理解が浅いなら確認する。
ある程度、家庭でも対応しやすい部分があります。
しかし、国語はそうはいきません。
選択肢問題で間違えたとします。
子どもはこう思います。
「こっちでも合っている気がする」
「なんでこれがダメなのか分からない」
「解説を読めばそうかもしれないけど、自分では選べない」
「次に同じような問題が出ても、また迷う」
記述問題でも同じです。
自分では書けているつもり。
本文の言葉も使っているつもり。
それっぽいことも書いている。
でも、点が入らない。
なぜ点が入らないのか。
問いに答えていないからです。
必要な要素が抜けているからです。
理由を聞かれているのに内容説明を書いているからです。
気持ちを聞かれているのに出来事だけを書いているからです。
語尾が問いに合っていないからです。
本文の根拠とずれているからです。
しかし、子どもが自分一人でそこに気づくのは難しいです。
だから、国語は自学だけでは伸びにくいのです。
解答解説を読んでも、国語は伸びにくい
国語の問題集には解答解説があります。
もちろん、解説は大切です。
解説を読むことで、本文の読み方や答えの根拠が分かることもあります。
しかし、国語が苦手な子にとって、解答解説を読むだけでは不十分です。
なぜなら、国語の解説は、多くの場合、正解を前提にした後付けだからです。
解説には、もっともらしいことが書いてあります。
「傍線部の前に〇〇とある」
「本文中の△△という表現から分かる」
「選択肢アは本文と異なる」
「選択肢イは言いすぎ」
「選択肢ウが最も適切」
読めば、そうかもしれないと思う。
しかし、問題はそこではありません。
本番で、自分でその根拠に気づけるか。
選択肢を見たときに、どこが本文とずれているか分かるか。
記述を書く前に、何を入れるべきか判断できるか。
「どういうことか」と「なぜか」をその場で分けられるか。
ここが重要です。
解説を読んで「なるほど」と思っても、次に自分で解けなければ意味がありません。
国語が伸びない子は、解説を読んだ瞬間だけ分かった気になります。
しかし、次のテストでまた同じように間違える。
なぜか。
解説を読んだだけで、解き方の型が身についていないからです。
国語は、解説を読む科目ではありません。
問題文と本文と選択肢を見て、自分で判断する科目です。
その判断の仕方を身につけなければ、点数は安定しません。
国語に必要なのは、内容解説ではない
国語の指導でよくある失敗は、内容解説だけで終わることです。
この文章はこういう話です。
この登場人物はこういう気持ちです。
筆者はこう言っています。
この場面ではこう考えています。
もちろん、本文内容を理解することは大切です。
しかし、それだけでは国語の点数は伸びません。
中学受験の国語で必要なのは、本文内容の理解だけではありません。
問題文に対して、どう答えるかです。
たとえば、物語文の内容を理解していても、設問で聞かれていることに答えられなければ点は入りません。
登場人物の気持ちをなんとなく分かっていても、記述で必要な要素を落とせば点は入りません。
筆者の主張が大体分かっていても、選択肢の細かいズレを見抜けなければ間違えます。
つまり、国語指導で大事なのは、本文を説明することではなく、問題への答え方を教えることです。
「この場面はこういう意味だよ」で終わる先生では弱いです。
本当に必要なのは、
「この問題は何を聞いているのか」
「この問いなら、答え方はどうなるのか」
「なぜこの選択肢は違うのか」
「この記述には何が足りないのか」
「この答案は傍線部とイコールになっているのか」
「この理由は、傍線部の結果につながっているのか」
ここまで見てくれる指導です。
内容解説だけの国語指導は、危険です。
その場では分かった気になりますが、自分で解けるようになりにくいからです。
国語はコミュニケーション力がすべて
国語で大切なのは、コミュニケーション力です。
これは、会話が上手という意味ではありません。
本文が何を言っているのか。
問題文が何を聞いているのか。
選択肢が本文と合っているのか。
記述答案が採点者に伝わる形になっているのか。
このやりとりを正確に行う力です。
国語が苦手な子は、このやりとりが雑です。
問題文が「なぜか」と聞いているのに、内容説明を書く。
「どういうことか」と聞かれているのに、理由を書く。
「気持ち」を聞かれているのに、出来事を書く。
選択肢を雰囲気で選ぶ。
本文に同じ言葉があるだけで正解だと思う。
記述で聞かれていないことまで書く。
これは、相手の質問に答えていない状態です。
日常会話で考えれば分かりやすいです。
相手が「なぜ遅れたの?」と聞いているのに、「駅にいました」と答える。
相手が「それはどういう意味?」と聞いているのに、「昨日そう思ったから」と答える。
相手が「どんな気持ちだった?」と聞いているのに、「友達と話しました」と答える。
会話がかみ合っていません。
国語でも同じです。
国語の問題は、必ず何かを聞いています。
その問いに対して、本文を根拠にして、正確に答える。
これができなければ、国語は伸びません。
親子で国語を見ることはできるのか
親子で国語を見ることはできます。
実際に、親子で丁寧に取り組んで伸びた家庭も見てきました。
ただし、条件があります。
親が教え込まないことです。
国語を家庭で見る場合、親が先生になりすぎると危険です。
「なんで分からないの」
「ここに書いてあるでしょ」
「ちゃんと読みなさい」
「こんなの普通分かるでしょ」
「また同じ間違いをしている」
「さっき説明したでしょ」
こうなると、かなり危ないです。
国語は、親子でやると喧嘩になりやすい科目です。
私が見てきた中でも、国語を親が見ようとして、親子関係がかなり悪くなっている家庭はありました。
親は一生懸命です。
子どものためにやっています。
しかし、国語は正解・不正解の理由が見えにくいので、説明が感情的になりやすい。
子どもも、なぜ違うのか分からない。
親に責められているように感じる。
国語そのものが嫌いになる。
これでは逆効果です。
親子で国語を見るなら、教えるよりも、問いかけることです。
「これは何を聞いている問題?」
「なぜこの答えにしたの?」
「本文のどこを見た?」
「この選択肢のどこが合っていると思った?」
「他の選択肢はなぜ違う?」
「この答えは傍線部とイコールになっている?」
「その理由なら、傍線部につながる?」
「語尾は問いに合っている?」
こういう問いかけを続ける。
これなら家庭でもできます。
親が全部説明する必要はありません。
むしろ、子どもに説明させることが大切です。
国語を伸ばす家庭は、答えではなく理由を聞いている
国語が伸びる家庭は、答えだけを見ていません。
正解か不正解かだけではなく、なぜその答えにしたのかを見ています。
これは非常に大切です。
国語では、正解していても危ないことがあります。
たまたま当たっただけかもしれないからです。
選択肢を雰囲気で選んで、たまたま正解した。
本文の近くから抜いて、たまたま合っていた。
なんとなく書いた記述に、たまたま要素が入っていた。
これを「できた」と判断すると危険です。
次に同じ問題が出たときに再現できません。
だから、国語では正解した問題でも聞く必要があります。
なぜこれを選んだのか。
本文のどこが根拠なのか。
他の選択肢はなぜ違うのか。
何が問われているのか。
なぜこう書いたのか。
どこを抜いたのか。
なぜそこを抜いたのか。
これを延々と確認する。
この作業こそが、国語の勉強です。
国語は、答えを覚える科目ではありません。
答えに至るまでのコミュニケーションの仕方を身につける科目です。
国語の勉強は「なぜ?」を延々と聞くこと
国語を伸ばすには、「なぜ?」を延々と確認する必要があります。
なぜこの選択肢を選んだのか。
なぜこの選択肢は違うのか。
なぜこの言葉を抜いたのか。
なぜこの記述にしたのか。
なぜこの語尾にしたのか。
なぜその理由で傍線部につながるのか。
なぜこの部分が根拠になるのか。
この確認をしない国語学習は、かなり弱いです。
問題を解く。
丸つけをする。
解説を読む。
終わり。
これでは伸びません。
国語は、解いた後が大事です。
特に、国語が苦手な子ほど、解いた後に思考を言語化する必要があります。
「どう考えて選んだのか」
「どこを見て書いたのか」
「何を聞かれていると思ったのか」
これを言わせる。
すると、どこでずれているかが分かります。
問題文の読み違いなのか。
本文の根拠の取り違いなのか。
選択肢の照合ミスなのか。
記述の要素不足なのか。
語尾のずれなのか。
因果関係の弱さなのか。
ここが見えれば、直せます。
逆に、ここを見ないまま問題量だけ増やしても、同じ間違いを繰り返します。
プロ講師は、子どものズレを瞬時に見抜く
国語を得意としているプロ講師の価値は、ここにあります。
子どもの答案を見た瞬間に、どこがずれているか分かります。
この子は問題文を読めていない。
「なぜか」なのに内容説明を書いている。
選択肢を本文の言葉だけで選んでいる。
記述の要素が一つ抜けている。
傍線部の言い換えになっていない。
理由と結果がつながっていない。
気持ちではなく出来事を書いている。
本文の根拠ではなく、自分の解釈で答えている。
語尾が問いに合っていない。
こういうズレを、プロはかなり早く見抜きます。
そして、ただ正解を教えるのではなく、解き方を修正します。
「この問題は何を聞いている?」
「これは理由説明だから、傍線部に至る原因を探す」
「この選択肢は前半は合っているが、後半が本文にない」
「この記述は出来事だけで、気持ちが入っていない」
「この答えは傍線部とイコールになっていない」
「この抜き出しは近いけれど、問いの条件に合っていない」
このように、子どもの思考のずれをその場で直せる。
これがプロ講師の強みです。
国語は、ズレたまま勉強すると、そのズレが固定されます。
だから、早い段階で正しい見方を入れた方がいいのです。
国語を得意としているプロ講師でなければ意味がない
ただし、国語なら誰でもいいわけではありません。
重要なのは、国語を得意としている講師です。
国語の指導が弱い講師は、本文内容の説明に寄りがちです。
「この場面はこういう意味だね」
「この子はこういう気持ちだね」
「筆者はこう言っているね」
これだけでは弱いです。
必要なのは、設問処理の指導です。
問いの分類。
根拠の取り方。
選択肢の消し方。
記述の要素の拾い方。
語尾の合わせ方。
「どういうことか」と「なぜか」の区別。
本文と選択肢の照合。
採点される答案の作り方。
これを教えられる講師でなければ、国語を根本から伸ばすのは難しいです。
国語のプロ講師とは、文章を分かりやすく説明する人ではありません。
子どもがどこで問題とコミュニケーションできていないかを見抜き、問いに答える型を身につけさせる人です。
ここを間違えてはいけません。
プロ講師をつけるメリット
国語にプロ講師をつけるメリットは大きいです。
第一に、子どもの弱点を見抜けます。
国語が伸びない原因は一人ひとり違います。
語彙が弱いのか。
読むスピードが遅いのか。
問題文を読めていないのか。
選択肢の照合が雑なのか。
記述の要素が拾えていないのか。
本文から離れて自分の感想で答えているのか。
問いに対する語尾がずれているのか。
プロは、答案や解き方を見れば、かなりの部分を見抜きます。
第二に、解き方の型が身につきます。
国語が苦手な子は、毎回その場の感覚で解いています。
今日は当たる。
次は外れる。
物語文はできるが説明文は崩れる。
選択肢は取れるが記述は書けない。
記述も何を書けばいいか分からない。
こういう状態から抜けるには、型が必要です。
「どういうことか」はイコール。
「なぜか」は因果関係。
「気持ち」は出来事と感情。
選択肢は本文とのずれを見る。
記述は問いに合った語尾で書く。
こうした型が入ると、解き方がぶれにくくなります。
第三に、親子喧嘩を減らせます。
国語を親が教えようとすると、どうしても感情的になりやすいです。
しかし、第三者のプロが入ると、子どもも受け入れやすくなります。
親が言うと反発することでも、講師が言えば聞くことがあります。
家庭では学習環境を整える。
国語の細かい診断と修正はプロに任せる。
この分担はかなり有効です。
国語のプロ講師がやるべきこと
国語のプロ講師がやるべきことは、本文を読んで解説することだけではありません。
むしろ、それだけなら不十分です。
本当にやるべきことは、子どもに考えさせることです。
「この問題は何を聞いている?」
「どこを見てそう思った?」
「なぜその選択肢を選んだ?」
「他の選択肢はどこが違う?」
「この記述には何が必要?」
「この答えは問いに合っている?」
「傍線部とイコールになっている?」
「理由と結果がつながっている?」
こうした問いかけをしながら、子どもの思考を整える。
これが国語指導です。
講師が一方的に説明して、子どもが聞いているだけでは弱いです。
国語は、子ども自身が問題とコミュニケーションできるようにならなければ意味がありません。
そのためには、講師と子どもが対話する必要があります。
国語の指導は、講師の講義ではありません。
答案をめぐる対話です。
こういう国語指導は避けた方がいい
国語をどうにかしたいなら、避けた方がいい指導もあります。
まず、本文内容の解説だけで終わる指導です。
文章のあらすじを説明する。
登場人物の気持ちを説明する。
筆者の主張を説明する。
これ自体は悪くありません。
しかし、それだけで終わるなら弱いです。
次に、解答を読んで説明するだけの指導です。
解答解説に書いてあることをなぞるだけ。
なぜ子どもがその間違いをしたのかを見ない。
次にどう解くべきかを教えない。
これも弱いです。
さらに、子どもに説明させない指導も危険です。
講師が全部話す。
子どもは聞くだけ。
その場では分かった気になる。
しかし、次に自分で解けない。
国語で必要なのは、子どもが自分で問いに答える力です。
だから、良い国語指導では、子どもがかなり話します。
なぜそう考えたのか。
どこを根拠にしたのか。
何が問われていると思ったのか。
なぜその選択肢を消したのか。
これを子ども自身に言わせる。
それを講師が修正する。
この形でなければ、国語は伸びにくいです。
国語をプロに任せるべきタイミング
国語をプロに任せるべきタイミングはいくつかあります。
まず、読書量はあるのに点が取れない場合です。
これは設問処理が弱い可能性があります。
本は読める。
文章の内容も大体分かる。
でも選択肢で迷う。
記述で点が入らない。
テストになると安定しない。
この場合、プロ講師の出番です。
次に、解説を読んでも同じ間違いを繰り返す場合です。
解説を読んでその場では納得する。
しかし、次のテストで同じような問題をまた落とす。
これは、解き方が身についていません。
プロが思考過程を確認する必要があります。
さらに、親が教えると喧嘩になる場合です。
これはかなり多いです。
親子で国語をやるたびに険悪になる。
子どもが黙る。
親が怒る。
国語の時間が苦痛になる。
この状態なら、無理に親が抱え込まない方がいいです。
プロに任せた方がよいです。
最後に、志望校の国語に記述が多い場合です。
記述は、自己流では限界があります。
答案の要素、語尾、因果関係、本文根拠、採点される形。
これらを見てもらう必要があります。
記述が多い学校を狙うなら、国語のプロ講師をつける価値はかなり高いです。
親がやるべきこと、プロに任せるべきこと
国語を伸ばすためには、親とプロの役割を分けた方がいいです。
親がやるべきことは、学習環境を整えることです。
毎週の学習時間を確保する。
国語を後回しにしすぎない。
テスト直しの時間を取る。
読書や語彙の土台を作る。
子どもの答案を捨てずに残す。
必要に応じて、プロに見てもらう。
一方で、細かい答案診断や解き方の修正は、プロに任せた方がよいことがあります。
なぜその選択肢が違うのか。
記述に何が足りないのか。
因果関係がどこで切れているのか。
傍線部との対応がどうずれているのか。
どの型を使うべきなのか。
ここは専門性が出ます。
親が無理に全部やろうとすると、親子関係が悪くなることがあります。
中学受験は長期戦です。
親が感情的に教え込み、子どもが国語嫌いになるくらいなら、外部の力を使った方がいいです。
国語は、良い講師に当たると変わる
国語は、良い講師に当たると変わります。
それまで感覚で解いていた子が、問題文を見るようになる。
選択肢を本文と照合するようになる。
記述で語尾を意識するようになる。
「どういうことか」と「なぜか」を分けるようになる。
本文の根拠を言えるようになる。
なぜ間違えたのかを説明できるようになる。
これが起きると、国語は安定してきます。
もちろん、すぐに偏差値が大きく上がるとは限りません。
語彙力や読む速度に課題がある場合は、時間もかかります。
しかし、解き方の型が入ると、少なくとも国語の勉強が雑ではなくなります。
「なんとなく読む」
「なんとなく選ぶ」
「なんとなく書く」
この状態から抜け出せます。
国語で一番危険なのは、なんとなくです。
なんとなく選んで、なんとなく外して、なんとなく解説を読んで、なんとなく次に進む。
これでは伸びません。
良い講師は、この「なんとなく」を許しません。
なぜ選んだのか。
どこを根拠にしたのか。
問いに答えているのか。
本文と合っているのか。
そこを毎回確認します。
だから伸びるのです。
まとめ:国語を本気でどうにかしたいなら、国語を見抜けるプロをつけた方がいい
中学受験の国語をどうにかしたいなら、国語はプロ講師をつけた方がいいです。
特に、国語が伸びない理由が分からない場合。
読書量はあるのに点が取れない場合。
解説を読んでも同じ間違いをする場合。
記述で点が入らない場合。
親が教えると喧嘩になる場合。
こういう家庭では、国語を得意としているプロ講師の価値は高いです。
国語は、自分でやっても間違いに気づきにくい科目です。
解答解説を読んでも、分かった気になるだけで終わることがあります。
内容解説だけでは、点数につながらないこともあります。
大切なのは、問題とコミュニケーションする力です。
何が問われているのか。
なぜその答えを選んだのか。
本文のどこを根拠にしたのか。
「どういうことか」ならイコールになっているのか。
「なぜか」なら因果関係がつながっているのか。
記述の語尾は問いに合っているのか。
これを延々と確認し、解き方の型を身につける必要があります。
親子でできる家庭もあります。
実際に、丁寧に対話して伸びた家庭もあります。
しかし、親が教え込みすぎると、国語は喧嘩になりやすいです。
そして、喧嘩になった国語は伸びにくいです。
だから、無理に親が抱え込む必要はありません。
国語を本気でどうにかしたいなら、本文内容を説明するだけの先生ではなく、子どもの答案と思考のズレを見抜けるプロ講師をつける。
これが、かなり現実的な選択です。

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